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type: article
title: 群衆の叡智サミット 雑感
timestamp: 2007-11-01T00:00:00Z
profile: sorane-okf/0.1
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# 群衆の叡智サミット 雑感

<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%B2%BD%B0%A4%CE%B1%C3%C3%D2%A5%B5%A5%DF%A5%C3%A5%C8">群衆の叡智サミット</a>に参加してきた。まぁ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CD%BD%C2%AC%BB%D4%BE%EC">予測市場</a>とか<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AA%A1%BC%A5%D7%A5%F3%A5%BD%A1%BC%A5%B9">オープンソース</a>とか諸々の話があった訳だけど、結局のところ群衆の叡智って何だろう、とか考えてみると、いろいろあるんだけど、ひとりの個人がindividualとしてのsocial bihaviorと、mobsとしてのsocial bihaviorとどう異なるか、という問題なのかなという気がしてきた。

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もちろん<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%BF%F4%A4%CE%CB%A1%C2%A7">大数の法則</a>とか相互作用でサンプル数を増やせば中庸に落ち着くということもあるけど、社会的にみて群衆の叡智がより重要となるのは、個々人の利己的な立場では、position <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/talk">talk</a>に終始してしまうところが、mobsとして匿名化した途端もうちょっと広い視野で、かつ、現場の情報も踏まえたカタチで、突き放した意思表示をできるのかなあ、と。そういう意味では未だに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C4%BF%CD%BC%E7%B5%C1">個人主義</a>の確立していない日本でこそ、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DC%A5%C8%A5%E0%A5%A2%A5%C3%A5%D7">ボトムアップ</a>の提案投票システムとか、無記名投票に基づく<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CD%BD%C2%AC%BB%D4%BE%EC">予測市場</a>のようなものが、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%EB%B6%C8%C5%FD%BC%A3">企業統治</a>を補完する余地は大きそうな気もする。<br />
何にどうやって気づくかは重要だが、大事なことの多くは気づかないよりも、目を背けたいだけではないか。だからこそ群衆の蒙昧とならないような、ガバナンスの仕掛けが必要となるのだ。きっと。僕の乏しい経験からいっても、状況がまずい時って現場は内心みんな気づいているものだ。それは些細な仕事のことばかりでなく、日米開戦とかクリティカルな状況でもそうだったことを、歴史資料を紐解いて知った。彼らが何か狂っていたり大きな勘違いをしていた方が、どれほど救われただろうか。</p>
