今日はまったりと馬事公苑のツタヤで,『蜂起には至らず(新左翼死人列伝) (講談社文庫)』の樺美智子と高橋和巳を拾い読みし,石田衣良の『美丘』を読み,にわか雨の前に帰宅して昨日紀伊国屋で買った瀬戸内晴美の『蜜と毒 (講談社文庫)』と河内孝の『新聞社―破綻したビジネスモデル (新潮新書)』を読んだ.
ところでツタヤでみても文芸書の平積みというと横組みで本文が真赤なゴチック体とかありえない装丁の小説が増えていて,これが結構売れているらしいのだが,手にとっても読みにくいし文章も素人だし,なかなか読み続けられない.
ちょっと目を通した限りでは,学園モノの恋愛体験とかベタな不治の病ものが多くて,まあその世代がターゲットなのか.けど彼らケータイで無料で読めるものにカネ払うんだろうか,とか悩む.そもそも,ケータイで書いているらしく,日本語として僕が普段よむ活字とは違う文法になっている気がする.例えば1行の短さとか,改行の使い方とか,半角カナや顔文字の使い方とか.
しかし考えてみれば『魔法のiらんど』から本になる流れって新しいよね.まずネットで無料で読める膨大なCGMコンテンツがあって,流行ったものを後から活字にしている訳だ.こういうのが増えると編集者は不要になるのだろうか.作家なんて育てなくても,集合知の中で優れた作品が浮かび上がってくるんだろうか.